~新潟市にあるグリーフケア(ご遺族のケア)と、闘病中のご家族を持つ方のサポートのためのオフィス~


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石牟礼道子さんの「無常の使い」

お読みになった方もいらっしゃることと思いますが、今朝の新聞の何紙かに、作家の池澤夏樹さんが先日お亡くなりになった石牟礼道子さんに向けて書かれた追悼文が掲載されています。

その文は、石牟礼道子さんが昨年出版された「無常の使い」という本の書評の形を取っていて、それを読んで初めて「無常の使い」という言葉を知ったのですが、私には、この言葉がなんだかとても心に沁みいりました。

追悼文を書かれた池澤夏樹さんにとっても、やはり心に沁みる言葉だったようで、池澤夏樹さんの文章もまた、私にはとても心に沁みました。

かなり長い文章なので、全文はご自身でお読みになられる「お楽しみ」にして頂いて、以下一部をご紹介させて頂こうと思います。

・・・・・・・・・・・・
(前略) 
これは追悼文集である。  

まずはタイトルのこと。  

「五〇年くらい前までわたしの村では、人が死ぬと『無常の使い』というものに立ってもらった。必ず二人組で、衣服を改め、死者の縁者の家へ歩いて行ったものである」と一行目を読んで、この「無常の使い」に引き込まれる。  

たしかに諸行は無常、死は時を定めず誰のもとにも訪れる。故人に縁(ゆかり)の人々は集(つど)って葬儀を行わなければならない。その参集を乞う使者が四方に遣わされる。
行った先での口上は--。  
「今日は水俣から無常のお使いにあがりました。お宅のご親戚の誰それさんが、今朝方、お果てになりました」という。あるいは「仏さまになられました」と。  

受けた側は、丁寧に、「お帰りのお足元は大丈夫ですか」と使者をねぎらって返した。三里の道を往復するにはわらじの替えを三足用意して行ったという。
(中略)

なんと余裕のある、人の世の筋道を正しく踏んだ風習だろう。  
この姿勢のままに、石牟礼道子は多くの人の野辺の送りをしてきた。心において看取(みと)ってきたと言ってもいい。  

別れの思いを言葉に綴(つづ)る。
それは、人の死を軽んずる近代社会の偽善の前提に逆らうことであり、だから人が亡くなることをまるで祝いごとのように受け止めて、しかし山ほどの淋(さび)しさも言葉に乗せて、死を契機にその人を語ることになる。  
(後略)
・・・・・・・・・・・・

>別れの思いを言葉に綴(つづ)る。
>それは、「人が亡くなることをまるで祝いごとのように受け止めて」、「しかし山ほどの淋(さび)しさも言葉に乗せて」、「死を契機にその人を語ることになる」

私には、とても心に沁みる内容でした。
石牟礼道子さんの「無常の使い」、ぜひ読んでみようと思います。


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by griefcare | 2018-02-13 20:50 | ◆アドバイザー日記
サロン日程のご案内

◆30年「秋のわかちあいサロン」終了しました
日 時:9月20日(木)10:30~12:00、13:30~15:00
会 場:寺尾中央公園サロン*寺尾中央公園から徒歩5分、詳細はお申し込み後にお知らせします。
参加費:1,000円(茶菓と小さなお土産付き)
対 象:大切な方をなくされた方(性別不問・時期やお相手は問いません)
定 員:各席最大4名様まで*今回は午前:配偶者の方、午後:その他の方の席とさせて頂くことになりました。
*ここでお聴きしたお話はここだけにするのが、全員の方のお約束になります。

◆第3回「こどもの悲嘆のケア基礎講座~身近な大人に知っておいて頂きたいこと~」
日 時:11月25日(日)13:30~15:30
会 場:クロスパル新潟308-309講座室
参加費:2,000円(資料代)
対象:家族を亡くした未成年の子どもの保護者、保育園や幼稚園、学校の先生など、子どもの支援に関わる大人 20名まで
*内容等の詳細はカテゴリ「講座」内でご案内いたします。