~新潟市にあるグリーフケア(ご遺族のケア)と、闘病中のご家族を持つ方のサポートのためのオフィス~


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“ひと”として生きる希望

今日は、新潟県内の在宅医の先生や関係機者の皆さんで構成されている「在宅ケアを考える集いin越後実行委員会」の今年初めての会合でした。

私は「在宅医療に携わる立場」ではないのですが、在宅医療の場合にも「看取っておわり」ではなく、その後のことも関わりがあると考えてくださった先生からのお勧めで、一昨年から参加をさせて頂いているものです。
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添付の資料は「レセプト(『医療機関』が『保険者』に対して医療費を請求するために発行する請求明細書)から読み取れる新潟県内の在宅医療の状況」だそうで、専門外の私には細かい意味はわかりませんが、黒い数字は「実施されている程度(プラス)」を示し、赤い数字は「実施されていない程度(マイナス)」、空欄は「データの収集がされていない」ことを表わしているのだそうです。

なるほど、と思って、数字を眺めてみると、たとえば地域区分「新潟市」の場合、「病院が患者に対し、退院支援調整を実施」は高い数字で実施しているけれど、「診療所・病院、訪問看護、歯科、薬局間の情報共有ネットワーク」はまだまだ足りていなくって、(写真には写っていませんが)中越や上越の方が新潟市より桁違いに進んでいることが分かったりします。

そんななか、上越地域以外は全部赤いマイナス数字が並んでいるのが「在宅医療におけるターミナルケア提供」と「看取り」です(*上越は両方プラスです)
それだけ、特にがん末期などの方が、家で最後まで過ごすのは容易ではない、ということなんだと思うのですが、“患者さん”としてではなくて、“ひと”として、ひとが過ごすには「自分の家」はやっぱり良いだろうなあ~と思います。

でも、そのためには、ご本人だけではなくて、家族にとっても、「家で最後まで一緒に暮らす」ことが最良で最善の選択肢でありたいですよね。
そうなるための鍵はなんだろう?と考えたとき、「ひととして生きる希望」というキーワードが思い浮かびました。

“患者”として見られたら「希望という言葉とはほど遠い」状況であるかもしれない人も、“ひと”として向き合えば、絶望の対極にある希望という言葉に近づくことができるんじゃないか。
そんなことを考え考え、今年の集いのテーマ案の一つとして、「在宅終末期における希望」という文言を提案させて頂きました。

現実の話としては、弱っていく一方のこの時期に「希望」を持って生きることは難しく、持てたとしても一時(いっとき)のことにしか過ぎないこともありますが、その一時の希望や喜びが、その時期を過ごす上でとても大きな支えになったり、後々までも家族を支える大切なものになるように思います。
by griefcare | 2016-01-31 23:13 | ◆緩和ケアと在宅ケア関連
サロン日程のご案内

◆31年「春のわかちあいサロン」
日時:3月21日(木)10:30~12:00、13:30~15:00
会 場:クロスパル新潟(予定)*会場は2月に決定いたします。
参加費:1,000円(茶菓と小さなお土産付き)
対 象:大切な方をなくされた方(性別不問・時期やお相手は問いません)
定 員:各席最大4名様まで
*ここでお聴きしたお話はここだけにするのが、全員の方のお約束になります。

◆第3回「こどもの悲嘆のケア基礎講座~身近な大人に知っておいて頂きたいこと~」終了しました
日 時:11月25日(日)13:30~15:30
会 場:クロスパル新潟308-309講座室
参加費:2,000円(資料代)
対象:家族を亡くした未成年の子どもの保護者、保育園や幼稚園、学校の先生など、子どもの支援に関わる大人 20名まで
*内容等の詳細はカテゴリ「講座」内でご案内いたします。